「三河屋の女房・お里」イラスト

珍しい所からのお仕事依頼があった。「実話ナックルズ」大洋図書さんもう随分昔にお仕事していたことがあったが久々に変わったご依頼

三河屋のお里

大江戸版イチモツちょん切り事件 男根切断事件は阿部定だけじゃなかった

男のイチモツちょん切り事件と言えばすぐさま阿部定が頭に浮かぶ。彼女は多数の男と関係を持つ稀代の娼婦。22歳のときにかかった医者に、「あたしゃ毎日男とやってないと気が変になっちまうよ」と訴え、ほとんどセックス依存症だった。その彼女は昭和11年5月、荒川区尾久の待合所で愛人の石田吉蔵とエッチを繰り返したあげく吉蔵のイチモツをちょん切ってしまい、それを肌身離さず逃亡し3日後に逮捕されるというスキャンダラスな女性だった。

けれど男根切断は阿部定事件だけじゃない。じつは江戸時代にもしばしば起きていたのだ。たとえば文化11年4月、駒込竹町に住む女房は夫のイチモツをかみそりでスパッ。そいつを懐に入れて家を出奔して行方をくらました。あるいは同じく亭主の浮気に嫉妬した女房がイチモツをちょん切るというものだ。なのでここではこちらの顛末を、と思うのだ。

『藤岡屋日記』によると、イチモツちょん切り事件とはあらましこのようなものだった。藤岡屋とは、現在の群馬県藤岡市出身の須藤由蔵がいまの秋葉原界隈で営んでた古本屋の屋号だ。彼はこの一方で、文化元年から明治元年までのおよそ65年間、江戸市中で発生した殺人、火災、強盗、飢饉、男女、親子、夫婦などの争い、スキャンダルなどを克明に記録していた。なので日記を見ると江戸庶民の当時の暮らしぶりがよくわかるが、由蔵はこうしたネタをおもしろおかしく仕立てて諸藩のさむらい連中に売り込んでカネにするいわゆるトップ屋、情報屋でもあった。

事件は文政11年6月のある夜に発生した。江戸の麹町に住む三河屋金兵衛と女房のお里のあいだでまたも派手な夫婦げんかが始まった。毎度のことなので近所の住民もすっかりなれっこ。「またおっぱじまったぞい」——ぐらいにしか受け止めない。夫婦の痴話げんかなど犬も食わないといった調子なのだ。
じっさい夫婦喧嘩は金兵衛の浮気が原因だった。金兵衛は三河屋という名の老舗のあるじ。羽振りもいいことからなかなかのモテ男。「金さま金さま」といって娼婦たちは金兵衛の手を離さない。これが女房のお里の激しい嫉妬心に火をつけ、メラメラと燃え盛るのだ。お里はもともと病的なほど嫉妬が激しい女性だったらしい。金兵衛がちょっとでも不審なそぶりを見せたりするとたちまちヒステリックになり、「キィーくやしー」と金切り声をあげて夫を責め立てるのだ。けどこれがかえって逆効果。ヤキモチを焼かれれば焼かれるほど金兵衛のこころは離れるばかり。女房の存在そのものがうっとうしくなり、夜のナニのほうはもうすっかりご無沙汰。
男ひでりが続きっぱなしのお里。それだけに夫がどこかの女といちゃついてる姿を妄想したりする。こうなるといてもたってともおられず、身も心もかきむしられてまるではんにゃの面のような顔つきに変貌し、嫉妬にたけりくるうのだった。そしてその悪魔的なこころはお里をついにとんでもない方向へと向かわせてしまったのだ。
「あれさえなければ夫は必ずもどってくる。悪いのは夫じゃない、あれのせいだ。あれがあるから悪いんだ・・・」
お里の脳裏に、想像するだけでもゾッとする、世にも恐ろしいたくらみがひらめいた。金兵衛の男根切断だ。
江戸時代は大陰暦。なので当時の6月は現在の7月にあたりもうすっかり夏の暑いさかり。こんなときに一発噴射すればぐったりし、全身が汗だらけだ。ましていまのようにルームエアコンがあるわけじゃない、カもノミも多い昔のはなしだ。
例によってどこかの遊郭でたっぷり遊んできたらしく帰宅するなり金兵衛は奥の部屋で大の字になって昼寝。「クーゴークーゴー」と大いびきが部屋中にこだました。おまけに着物の裾がはだけふんどしが丸見え。そのうえふんどしからはのびきった金兵衛のイチモツがだらしなく、黒い陰毛といっしょにはみ出しているではなかっちたか。
それを見たお里は怒り狂い、我慢もほとんど限界。今日こそは、と懐に隠していた小刀を取り出し金兵衛のしわたるんだイチモツをむぎゅっと、むぞうさにつかむやスパッとちょん切ってしまったのだ。
「ギャッー」。火のつくような悲鳴を上げて飛び起きた金兵衛。激痛に下半身を見るとおのれのイチモツがぶらぶらしてるのにまたもたまげて絶叫。「助けてくれー」。
2度の悲鳴に近所の住民もおどろき、何事かと金兵衛の家に駆けこんだ。下半身血まみれになった金兵衛のあわれな姿に住民たちはすぐさま町医者の田林宗哲を呼んできて手当てするのだった。金兵衛のイチモツは完全な切断はまぬがれ、宙ぶらりんだった。それでもこれがさいわいしたらしく、二針ほど縫い合わせてその後快方に向かったというのだ。
金兵衛、ひとまず安心したにちがいない。男にとって、ちょん切られて肝心のかま首がなくなった短小のイチモツを見るほど情けないはなしはない。ところで気になるのは、イチモツはかろうじてつながったもののはたして元通りナニのほうでも使い物になったのかどうか。女房のお里はこの後どうしたのか。元のさやにおさまり、夫婦関係はうまくいったのかどうか、だ。ところが藤岡屋由蔵は後追いしてないらしく続報がないのが残念だ。ともあれ、不倫とはこっそり内緒でやってこそ蜜の味。ばれてしまうとこのように代償は大きいと知るべしだ。

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【妖精研究室】 妖精の絵を見たり、描いたり、探したり。 神話や伝説に語られる妖精は、人間と神の中間の摩訶不思議なものらしい。日本にも伝わる妖怪、龍、人魚、天狗も純粋な子供の心で見ると見えるかも知れない。案外すぐ側に。